主語と主題

主語と主題
主題は、主語よりはるかに意味が広い

松野町夫 (翻訳家)

主語とは何か。主語は元来、英語など印欧語の文法用語である。主語は基本的に名詞で、述語動詞の示す動作や状態の主体を表す。動作主。作用主。たとえば、” She’s nice. I like her.” における ”She” や “I” が主語となる。

英文は主語と述語からなる。主語を決めないかぎり英文は書けない。基本 8 文型でも主語は常に文頭に登場する。以下の文型では、主語(S)、述語動詞(V)、補語(C)、目的語(O)、副詞相当語句(A)とする。ちなみに日本では、従来、基本 5 文型が主流であったが、現在は基本 8 文型が世界標準。英文の下線部は主語を表す。

第1文型 SV (Flowers bloom.) 花が咲く。
第2文型 SVC (Kate is nice.)  ケイトはすてきだ。
第3文型 SVO (I like her.) 僕は彼女が好きだ。
第4文型 SVOO (John gave me a pen.) ジョンが僕にペンをくれた。
第5文型 SVOC (We call him Johnny.) 私たちは彼をジョニーと呼ぶ。
第6文型 SVA (Mary is in the kitchen.) メアリーが台所にいる。
第7文型 SVCA (She is afraid of cockroaches.) 彼女はゴキブリが怖い。
第8文型 SVOA (He put a book on the shelf.) 彼は本を棚に置いた。

英語には主語が絶対に必要だ。では、日本語に「主語」はあるのだろうか。

結論から言うと、この問題には統一した見解がない。学校では、今でも「が」や「は」などの助詞を伴った文節を主語と教える。この学校文法の定義に従えば、上述の基本文型の訳文の「花が」「ケイトは」「僕は」「ジョンが」「私たちは」…は、いずれも主語となる。

しかし、名著『象は鼻が長い』で有名な言語学者、三上章(1903-1971)は、日本語には「主語」はなく、主題があると考え、主語廃止論を一貫して唱えた。

日本語の主語については、辞書や事典でも見解が異なる。たとえば、日本語大辞典は肯定的な立場であるが、ブリタニカ国際大百科事典は否定的である。

主語 → 日本語大辞典
文の成分の一種。「風が吹く」「色が白い」「ぼくが山田です」などの「風が」「色が」「ぼくが」のように、「何が」「だれが」に当たる文節。「何も」「何は」などとなることもある。また、日本語には主語が省略された、述語だけの文もある。subject <対義>述語。

主語 → ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2011
日本語では「~が」の形が主語とされるが,完全な文を形成するために必ずしも必要ではない点,文法的規定に欠ける点などで,インド=ヨーロッパ語族などにおける主語とは性格を異にするので,「~を」「~に」などと対等の連用修飾語であるとする説さえある。

日本語の主語について、統一した見解がないということは、日本語文法は未完成ということを意味する。そこでここでは、国文法に深入りするのをできるだけ避け、問題を主題と主格に限定し、これを英語の基本文型、とくに主語(S)と比較することで、それぞれの違いを明確にしたいと思う。

主題と主格:
日本語は「~は」や「~が」で始まる文が多い。
例: 春はあけぼの。|桜が咲いた。この場合、「春は」は主題を表し、「桜が」は主格を表す。
「象は鼻が長い」の場合、「象は」は主題を表し、「鼻が」は主格を表す。

主題を示す「~は」のある文を有題文、ないのを無題文という。有題文は、昔から存在する伝統的な文型で、文学や名言・ことわざなどにも愛用され、現代でも使用頻度が最も高い。

主格を示す「~が」のある文は、「桜が咲いた」とか、「雪が降ってきた」とかいうように、現象を写生することが多いので現象文という。現象文は江戸時代以後に登場した比較的新しい文型だという。

主題、主格、主語:
英語は主語で始まるが、日本語は主題/主格で始まる。主題「~は」や、主格「~が」、主語(S)は、主語を表せるという点は共通だが、意味の広さ(適用範囲)からいうと、主題>主格>主語となる。

主題「~は」= 主語や目的語、副詞相当語句を表す。 → 「は」は種々の語に付く。
主格「~が」= 主語や目的語を表す。 → 「が」は体言に付く。
主語(S) = 主語のみを表す。

主題は英語でトピック(topic)という。主題(T)。主題は主語よりはるかに意味が広い。主題を示す「~は」は、「~について言えば」という意味。助詞「は」は、英語の群前置詞 “as for” に相当する。つまり日本語の主題は、英語の基本文型でいうと、主語(S)ではなく、副詞相当語句(A)に相当する。

有題文を英訳すると、英文では主題「~は」が主語(S)になる場合が一番多いが、目的語(O)や副詞相当語句(A)になることもある。たとえば、

春はあけぼの。 = Spring is best at dawn. → 主題=主語

ただし、「春はあけぼの」は、「春は、あけぼのがいい」の意。これを英語に直訳すると、
春はあけぼのがいい。 = As for spring, dawn is nice. → 主題=副詞相当語句(A)

その映画はもう見ました。= I already saw the movie. → 主題=目的語(O)
= As for the movie, I already saw it. → 主題=副詞相当語句(A)

詳細は、後で決めよう。 = Let’s decide about details later. → 主題=目的語(O)
= For details, let's decide about them later. → 主題=副詞相当語句(A)

主格と主語:
「~が」は主格を示す。主格は英語の主語(S)に相当する。しかし相当はするが、完全に同一ではない。主格「が」には、少なくとも四通り(能動、対象、所動、部分)の用法があり、こうした和文を英訳すると、能動主格は英語の主語に等しいが、残りの主格は主語に相当しないこともある。とくに対象主格は目的語に相当する場合が多い。つまり、日本語の主格は、英語の主語より意味が広いということ。

1. 能動主格(=動作主、作用主) → 主格=主語
 彼が私にペンをくれた。 = He gave me a pen. 主格は「彼が」、主語は “He”

2. 対象主格(対象を示す「が」) → 主格≠主語
 水が飲みたい。 = I want to drink water. 主格は「水が」、主語は “I”

3. 所動主格(受身にできない動詞にかかる主格) → 主格≠主語
 私に良い考えがある。 = I have a good idea. 主格は「考えが」、主語は “I”

4. 部分主格(主題の一部を表す主格)→ 主格≠主語
 象は鼻が長い。 = Elephants have a long nose. 主格は「鼻が」、主語は “Elephants”
 *この英文は、配分単数(主語が複数で、目的語が単数)である。
by LanguageSquare | 2018-12-12 09:09 | 日本語の構造 | Comments(0)