文否定と語否定

文否定と語否定
文否定を発話レベルで語否定に変更するには?

松野町夫 (翻訳家)

否定文は日本語にしろ英語にしろ、どの部分が否定されているかにより、いろいろな解釈が可能となる。英語の否定は、文否定と語否定に大別できる。文中の述語動詞を否定すると文否定となる。述語動詞以外の、特定の語を否定すると語否定(=構成素否定)となる。

文否定(Sentence-negation):

述語動詞(文の述語となる動詞)を not で否定したり、あるいは主語や目的語を no で否定すると文否定となる。文否定は、文全体が否定の作用域に入る。以下の例文はいずれも文否定である。

"not" を用いた文否定
I'm not hungry. 私は空腹ではない。
He will not come. 彼は来ないだろう。
I didn't drink any coffee. 私はコーヒーを飲まなかった。
I don't want to argue with you. 君と議論したくない。
He didn't come home until eleven o'clock.
彼は 11 時になるまで家に帰ってこなかった。(彼は 11時になってやっと帰宅した)

"no" を用いた文否定
Nobody came. 誰も来なかった。
He has no brothers. 彼には兄弟がいない。
Nothing happened. 何も起こらなかった。
► “no” を用いた否定は形式的には語否定だが、実質的には文否定である。

語否定 (Word-negation):

述語動詞以外の、特定の語句を not で否定すると語否定(=構成素否定)となる。語否定は、not の直後にくる語・句・節が否定の焦点(=否定の対象)となる。
以下の例文はいずれも語否定で、下線は否定の焦点を示す。

Not long ago it was raining. ついさっきは雨が降っていた。
He's my nephew, not my son. 彼は私の甥(おい)で、息子ではない。
I came here on business, not for sightseeing. こちらに来たのは仕事で、観光ではない。
I told her not to go. 私は彼女に行かないようにと言った。
He tried not to look at her. 彼は彼女を見まいと努めた。
She pretended not to be listening. 彼女は聞いていないふりをした。
Visitors are requested not to touch the exhibits.
見学者は展示物に手を触れないでください(博物館などの掲示の文句)。
Ten were saved, not counting the dog. 犬は数えないで、10人が救助された。
Not having received a reply, he wrote again.
返事を受け取っていなかったので、彼は再び手紙を書いた。
I like him not because he is rich but because he is kind.
私は彼が好き、金持ちだからではなく親切だからです。

上記の文否定と語否定の区別は、あくまでも構文上(文字レベル)の分類である。発話レベルとなると少し事情が異なる。私たちが日常話している言葉は、文字や音声で表現・伝達される。音声には、伝えたい意味内容(言語情報)の他に、音調(強弱や抑揚)が付随する。

英語の否定文は、文末の語に少し強勢が置かれ下降調で終わるのが普通。たとえば、I didn't drink coffee. のような否定文は、述語動詞を否定しているので文字レベルでは文否定であり、原則に従って通常の音調で発話されるかぎり、発話レベルでも文否定のままである。

I didn't drink coffee. 私はコーヒーを飲まなかった。(文否定)
= It wasn't a fact that I drunk coffee. 「私がコーヒーを飲んだ」という事実はない。

しかし、たとえ述語動詞を否定した文否定であったとしても、文中の特定の語を強く発音しそれにふさわしい抑揚を付けることで、発話レベルで実質的に文否定を語否定に変更することができる。この場合、強く発音された語が否定の焦点となり、それ以外の語は否定されず肯定的意味の前提となる。たとえば、

発話レベルで文否定を語否定に変更:

文字レベル: I didn't drink coffee. 私はコーヒーを飲まなかった。(文否定)

発話レベル: I (↓) didn't drink coffee. 私は、コーヒーを飲まなかった。(語否定)
► ただし太字は強勢を、下矢印 (↓) は下降調(a falling intonation) を示す。
主語の “I” が強く発音されたので、“I” が否定の焦点となり、それ以外の語(drink, coffee)は否定されず肯定的意味の前提となる。
前提: Somebody drunk coffee, but not me. 誰かがコーヒーを飲んだ、私ではない。
強調構文: It wasn't I who drunk coffee. コーヒーを飲んだのは私ではない。

発話レベル: I didn't drink coffee. (↓) 私はコーヒーは飲まなかった。(語否定)
目的語の Coffee が強く発音されたので、Coffee が否定の焦点となり、それ以外の語(I, drink)は否定されず肯定的意味の前提となる。
前提: I drunk something, but not coffee. 私は何かを飲んだ、コーヒーではない。
強調構文: It wasn't coffee that I drunk. 私が飲んだのはコーヒーではない。

発話レベル: I didn't drink (↓) coffee. 私はコーヒーを飲みはしなかった。(語否定)
動詞の Drink が強く発音されたので、Drink が否定の焦点となり、それ以外の語(I, coffee)は否定されず肯定的意味の前提となる。
前提: I did something about coffee, but didn’t drink. 私はコーヒーに何かした、飲んではいない。
強調構文: 利用できない。
強調構文は名詞や副詞には適用できるが、動詞には使えない。そこで、前置きを付け加える:
(I spilled coffee but) I didn’t drink it. (コーヒーをこぼしはしたが)飲んではいない。

否定の焦点:
否定の焦点は、日本語では助詞の「は」を用いて、文字レベルでも発話レベルでも簡単に表現できる。「コーヒーは」、「飲みは」という具合に、否定したい単語に「は」を付けるだけでよく、「コーヒー」や「飲み」を強く発音する必要はさらさらない。ただし文頭の「私は」は、主題を示すのか、それとも焦点を示すのか、あいまいなので、「私は」と強く発音するか、または「ほかの人はともかく」と前置きを入れると、焦点を示していることが明白になる。しかし、英語には「は」のような便利な言葉がないので、発話レベルでは否定したい単語を強く発音して否定の焦点を示す必要がある。もっとも強調構文を使えば、文字レベルでも否定の焦点を明示できなくはない。
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by LanguageSquare | 2018-12-05 11:03 | 否定 | Comments(0)