否定繰り上げ(negative-raising)

否定繰り上げ(negative-raising)
否定繰り上げは、否定語(not)を従属節から主節に繰り上げること

松野町夫 (翻訳家)

英語にはネガティブ・レイジング(negative-raising)という言語現象がある。これは生成文法の用語で、think などの動詞がとる従属節の中の否定語(not)を主節に移して表現することをいう。たとえば、「彼は来ないと思う」を、I think he will not come. と言うよりも、I don't think he will come. と表現するときなどがそうである。この場合、主節は I think; 従属節は he will not come.

彼は来ないと思う。
I think he won't come. ← 従属節を否定
↓ (not を従属節から主節に移す)
I don't think he'll come.  ← 主節を否定

このように negative-raising (neg-raising) は、従属節ではなく主節を否定する、つまり否定語not を従属節から主節に繰り上げる規則を意味する。ネガティブ・レイジングには、「not の転移」、「not の繰り上げ」、「否定繰り上げ」、「否定辞繰り上げ」、「否定辞上昇」など様々な呼び方がある。ここではとりあえず、negative-raising = 「否定繰り上げ」という訳語を採用する。

nègative-ráising
n. [変形文法] 否定繰上げ
リーダーズ英和辞典

négative-ráising
■n. [文法] (変形文法で)
否定辞繰り上げ: think などの動詞がとる補文の中の否定辞を主文に移す規則.
ランダムハウス英語辞典

negative-raising【名】〔言語〕否定辞上昇変形, 否定繰り上げ
《生成文法で, not を埋め込み文から主文へ繰り上げる移動操作.
例: He doesn't think that he'll finish.》.
ジーニアス英和大辞典

否定繰り上げは、推測を表す動詞に適用できる。たとえば、think, believe, imagine, suppose, seem, look など。こうした動詞は、主節を否定しても従属節を否定しても、意味はあまり変わらない。

I don’t think it is expensive. それは高くないと思う。
= I think it isn’t expensive.
I don’t believe he is innocent. 彼が無実だとは思わない。
= I believe he isn’t innocent.
I don’t imagine it will snow today. 今日、雪は降らないと思う。
= I imagine it won’t snow today.
I don't suppose you’re right. 君は正しくないと思う。
= I suppose you’re not right. 

Tom didn't seem to know her name. トムは彼女の名前を知らないようだった。
= Tom seemed not to know her name.
It doesn’t look like it’s going to rain. 雨が降りそうには見えない。
= It looks like it isn’t going to rain.

しかし否定繰り上げは、know, say, hope など、その他の動詞には適用できない。こうした動詞は、主節の否定と従属節の否定とでは意味が異なるから。

She doesn't know that he is a liar. 彼がうそつきであることを彼女は知らない。
≠ She knows that he isn't a liar. 彼がうそつきでないことを彼女は知っている。

Mary didn’t say that it would snow. メアリーは、雪が降るとは言わなかった。
≠ Mary said that it wouldn’t snow. メアリーは、雪は降らないと言った。

I hope it will not rain tonight. 今夜は雨が降らないでほしい。
► * I don't hope it will rain tonight. とは言わない。
hope は望ましいことに用いる。望ましくないことについては I am afraid, I fear を使う。
I am afraid it will rain tonight. (残念ながら)今夜は雨だと思う。

否定繰り上げは、生成意味論派は認めているが、解釈意味論派は おおむね認めていないという(安藤貞雄著『現代英文法講義』の Page 662 参照)。

たしかに日本語の場合を検討しても、たとえば、「彼は来ないと思う」と「彼が来るとは思わない」は厳密には同義ではなく、したがって、どちらかに統一できるものでもないし、その必要もない。実際、日本語では両者ともに、状況や文脈に応じて普通に使われている。しかし英語では内容が否定であることを早く相手に伝える習慣があり、否定繰り上げが普通なので、英語を話したり書いたりするときは否定繰り上げをお忘れなく。
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by LanguageSquare | 2018-11-09 14:23 | 否定 | Comments(0)