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桜島

桜島
桜島は植物のガラパゴス諸島

松野町夫 (翻訳家)

わが胸の 燃ゆる思いに くらぶれば 煙はうすし 桜島山

私は長い間、この歌は異性間の情愛をうたったロマンチックな恋歌(こいうた)と思い込んでいた。しかし今回調べてみたら、どうもそうではないようだ。福岡藩の攘夷派の志士、平野国臣(ひらの くにおみ)が熱い思いを抱いて薩摩に入国したものの、薩摩藩の協力を得られず失意のうちに詠んだものらしい。そう聞いてあらためて歌を読みなおしてみると、なるほど、彼の無念さがひしひしと伝わってくる。

桜島(さくらじま)は、鹿児島湾にある火山島(面積約77 km²)。島の中央には 3つの主要な火山体、北岳・中岳・南岳がある。このうち北岳(=御岳、標高 1,117 m)が一番高く、次に中岳(1,060m)、南岳(1,040m)と続く。現在、南岳が活発な噴火活動を続けている。山麓には側火山(そっかざん)と呼ばれる小型の火山が分布する: 引ノ平(標高563m)・春田山(408m)・鍋山(359m)・権現山(350m)・湯之平(375m)。桜島は以前、文字通り「離れ小島」であったが、1914年の噴火で大量の溶岩が海上に流出し大隅(おおすみ)半島と陸続きになった。現在、桜島と大隅半島(垂水市など)との間には路線バスが運行されている。

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【この地図は 『Yahoo! 地図』 から抜粋したもの。クリックすると拡大します】

桜島は活火山の島なので火山活動の研究にはもってこいの場所である。実際、島の西側には京都大学の桜島火山観測所(鹿児島市桜島横山町)がある。桜島は島全体が国立公園に指定されており、島をめぐる道路(溶岩道路)も整備され観光客が多い。

鹿児島市内から桜島に行くには、市営の桜島フェリーを利用する。鹿児島港と桜島港(距離3.5 km)をわずか15分で結ぶ。桜島フェリーは24時間運航で、ラッシュ時は10分間隔で運行される。24時間運航とは少し意外な感じがするが、これは桜島の観光だけでなく、通勤や通学にも利用され、さらにまた、薩摩半島(鹿児島市など)と大隅半島(垂水市、鹿屋市など)を結ぶ交通の要路(=近道)ともなっていることによる。

桜島といえば、桜島ダイコンが有名だ。火山灰の土で栽培されるので大きく成長する。なかには重さ40 kg 以上のものもある。それでは重すぎて台所で調理するのがたいへんでしょうと心配する人がいるが、ほとんどが漬物に加工されて販売されているのでご安心あれ。

降灰に悩む垂水市は最近、桜島の火山灰を缶詰にしてお土産として商品化した。商品名がおもしろい。降灰体感缶詰 『灰(ハイ)!どうぞ!!』。1個100円で「道の駅たるみず」で販売されている。テレビ報道によると、当初1000個生産して2010年12月27日に販売を開始したところ、売れ行き好調でさらに3000個追加するという。なるほど、「悩みの種」もちょっと発想をかえれば「特産品」に早変わりする、という好例ですね。

私にとって桜島の最大の魅力は、植物の移り変わり(=植生遷移)をひとつの島ですべて観察できることである。植生(vegetation)とは、ある区域に生育している植物の全体を意味する。遷移(succession)とは、野原がやがて森林となるように、時間の経過に伴って植生が移り変わることをいう。

噴出したばかりの溶岩は高温のため植物はまったく生育できないが、やがて溶岩石に地衣類(キゴケ、ハナゴケ)がはえ始め、次いでその周辺にススキなどの風散布の雑草が、その後、クロマツなどの針葉樹が、さらにその後、タブノキなどの広葉樹がはえ最終的に森林に成長する。つまり、昔の溶岩は森林に埋もれているが、比較的最近の溶岩はまだ地表に露出していることになる。上記の地図に大正溶岩と昭和溶岩だけが記述されているのはこれによる。

こうした植生遷移の過程を桜島の過去の噴火の年代、たとえば、天平噴火(764‐766)、文明噴火(1471‐76)、安永噴火(1779)、大正噴火(1914)、昭和噴火(1946) などと照合することで、偏移に必要な年数や植物の種類をかなり正確に知ることができる。桜島には、年代ごとの植生のサンプルが豊富に存在するのである。

文明溶岩の上は現在、シイやカシ、ツバキ、タブノキなどのうっそうとした広葉樹林となっている。一方、昭和溶岩の植生は、地衣類やセンタイ類で始まり、噴火30年後にススキ、クロマツがはえ始め、その後、ハゼノキなどが観察・記録されている。

このように、桜島は植生遷移の経過を一度に観察できる非常に貴重な島である。もしかしたら、ここの植物学的価値はダーウィンの進化論を誕生させたガラパゴス諸島のそれに匹敵するのではないだろうか。桜島は植物のガラパゴス島、と私は思う。植物について、ずぶの素人の思いではあるが。

終わりに、桜島を含む鹿児島名物を歌った民謡「鹿児島小原節」の一節を掲載する。英訳は筆者のお遊びではあるが、日本人でも歌いやすいように日英の語順と拍数をできるだけそろえてみた。

鹿児島小原節 Kagoshima Ohara Song

花はきりしま Flowers in Kirishima
煙草は国分 Tobacco in Kokubu
燃えて上がるは Something that’s erupting is
オハラ ハ 桜島 Oho, Viva Sakurajima!
(ア ヨイヨイ ヨイヤサット) (A yoiyoi yoiya satto)

注記: ア ヨイヨイ ヨイヤサットは、歌の調子をよくする「はやしことば」で意味には関係がない。元歌(もとうた)の雰囲気をダイレクトに伝えるため、英語でもそのまま使用することにした。
by LanguageSquare | 2011-02-09 07:50 | エッセー | Comments(0)