人気ブログランキング | 話題のタグを見る

二重前置詞

二重前置詞

ことば (44) 前置詞

松野町夫 (翻訳家)

前置詞といえば、私たちはまず、単一前置詞 (simple prepositions) の at, by, for, from, in, of, on, to, under, up, with などを連想する。いずれも前置詞1語のみ。

もうちょっとやっかいなのは、複合前置詞 (compound prepositions)。これは前置詞が他の語、たとえば、副詞・形容詞・接続詞・分詞・名詞などと結合してひとつの前置詞として機能するもの。以下はすべて複合前置詞である。いずれも2語以上あるが、ひとつの前置詞とみることができる。

(副+前): along with, across from (~の向かいに), aside from, as for, away from, instead of, out of
(形+前): due to, next to, owing to, regardless of, subject to
(接+前): because of
(その他+前): according to, by means of, except for, for fear of, in addition to, in case of, in front of, in relation to, in spite of, in terms of, on behalf of, with regard to

単一前置詞にしろ、複合前置詞にしろ、いずれの場合も前置詞の後には名詞(または名詞相当語句)が続く。前置詞とは、読んで字の如し、(名詞の)前に置くことば。私たち日本人はそう信じて疑わない。だから、前置詞の後に名詞が続くかぎり心は穏やかで平安である。この思いが強すぎるせいか、前置詞の後に別の前置詞が来ると私たちはとたんに平静さを失う。どうにも落ち着かない。そこで、この心の平安を乱す元凶、二重前置詞について少し整理してみたい。

二重前置詞 (double prepositions):

二重前置詞とは、ふたつの前置詞が連続するもので、後の前置詞が導く句が前の前置詞の目的語となる。二重前置詞は from above, from across, from among, from behind, from below, from beneath, from in front of, from under, from within, since before, till after などをよく目にする。

He glanced at the girl from above the rim of his glasses.
彼はめがねの縁の上からその少女をちらっと見た。
They came from across the river. やつらは川の向こうからやってきた。
The chairman was chosen from among the members. 議長は委員の中から選ばれた。
The moon appeared from behind a cloud. 雲の後ろから月が現われた。
I heard something unusual from beneath (from below) the floor.
何か変な物音が床の下から聞こえた。
Could you please move your car away from in front of our house?
すみませんが、家の前から離れたところへ車を移動していただけませんか。
He took a bottle from under the counter. 彼はカウンターの下からボトルを取り出した。
The noise seemed to be coming from within the basement.
その音は、地下室の中から聞こえてくるようだった。

He had been up since before sunrise. 彼は日の出前から起きていた。
I had to wait for him till after the meeting. 会議の後まで彼を待たねばならなかった。
I'm inviting some friends over this afternoon. Don't come back till after five.
今日の午後は友だちを家に招待しているの。5時過ぎまでは帰宅しないでね。

二重前置詞でもこの程度のものは、まだ、日本人にもわかりやすい。 from と結合するものがけっこう多いということと、since before (~の前から), till after (~の後まで)を追加して憶えておけば、とりあえずどうということはない。日本人でも使いこなせそう。要は慣れの問題などと、ようやく心の平安を取り戻したところ、またぞろ、心を悩ます多重前置詞に出くわした。

マーク・ピーターセン著 『マーク・ピーターセン英語塾』 集英社インターナショナル発行 (本文30ページから引用する)

たとえば、もし、机でものを書いている彼女が、同じ部屋にあるテレビの画面がよく見えるよう、そのテレビを机の向かい側に移動させたという場合なら、
She pushed the television over to across from her desk.
というのが普通です。また、これを、
(She pushed the television) (over) (to) (across) (from) (her desk).
というふうに分けて考えてみれば、これもさほどわかりにくい文ではなくなると思います。ここでは、over は、ある程度の距離を感じさせる副詞です。to は、前置詞で、移動先を示します。続いて、across は「(何か)の向かいに」を表す副詞であり、from は「(その何か)から」を表す前置詞です。こうした前置詞の“普通の使い方”に少しでも慣れると、大きな力になります。なんといっても、より正確な表現が、このように簡潔にできるのが最大の魅力ではないでしょうか。

うーん、これが前置詞の “普通の使い方” ですか。これはしかし、簡単そうでむずかしい。もう一度、前置詞の基本に戻って、文法的に整理する必要がありそうだ。

前置詞の後に置かれた語はすべて名詞的性格を帯びる。

They are going to school. あの子たちは学校に行くところです。(名詞)
I stayed in a small hotel. 小さなホテルに泊まった。(名詞句 → 名詞)
Look at me. こっちを見て。(代名詞 → 名詞)
Things went from bad to worse. 事態はますます悪化した。(形容詞 → 名詞)
It's a long walk from here. ここから歩くとけっこうありますよ。(副詞 → 名詞)
Wash your hands after using the toilet. トイレ使用後は手を洗いなさい。(動名詞 → 名詞)
Those birds have come from over the sea.
あの鳥たちは海の向こうからやってきた。(前置詞句 → 名詞)
I'm worried about where she is. 彼女がどこにいるのか心配だ。(wh 節 → 名詞)

朱に交われば赤くなる。前置詞に包み込まれると、語はすべて名詞に変えられてしまう。たとえば、bad は本来、「悪い」という形容詞だが、from の後に置かれると「悪いこと」という名詞に変化する。here も本来、「ここに」という副詞だが、from の後に置かれると「ここ」という名詞に変化する。同様に、over the sea は「海の向こうに」という意味を持つ前置詞句だが、from の後に置かれると「海の向こう」という名詞に変化する。つまり、from over the sea は「海の向こうから」となる。

問題の over to across from についても同様に、to と across from と2分割する。複合前置詞の across from (~の向かいに)を(~の向かい)という名詞だとみなせば、to を加えた to across from は「~の向かいまで」となる。

She pushed the television over to across from her desk.
彼女はテレビを押しながら、自分の机の向かいまで移動させた。

この手法をさらに進めて、”over to across from” 全体を「~の向かいまで」という意味を持つ、ひとつの複合前置詞と考えればわかりやすい。これなら日本人にも簡単。たとえば、「あのビルの向かいまで歩く」であれば、walk over to across from that building とほとんど自動的に英訳できる。

over to across from ~ = ~の向かいまで (ひとつの複合前置詞)

まとめ: 前置詞は単一と複合の2種類に分かれる。二重前置詞(あるいは多重前置詞)はひとつの複合前置詞とみた方が簡単でわかりやすい。


by LanguageSquare | 2009-02-11 11:42 | 前置詞 | Comments(0)