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有題文と無題文
「は」は有題文を導き、「が」は無題文を導く

松野町夫 (翻訳家)

日本語の文は、「~は」または「~が」がリードする。「~は」は主題を示し、「~が」は主格を示す。主題を示す「は」のある文を有題文(または主題文)、「は」のない文を無題文という。無題文は一般に、主格を示す「が」はあるが、主題を示す「は」はない。

ただし、文脈や情況から主題が自明で、省略しても誤解が生じない場合、主題は省略できる。主題が省略された文を略題文という。略題文は形式的には無題文だが、実質的には有題文なので有題文として扱う。また、「は」と「が」が一つの文にでてくる「ハ・ガ文」は、有題文として扱う。

これは私の本です。彼は学生です。 → 有題文
雨が降っています。雪が降ってきた。風が止んだ。 → 無題文
(あなたは)ゆうべ、ぐっすり眠れましたか。 → 略題文(=有題文)
象は鼻が長い。私は体重が60キロです。 → ハ・ガ文(=有題文)

有題文は伝統的な文型で、文学や名言・ことわざなどにも愛用され、現代でも使用頻度が最も高い。

春はあけぼの。夏は夜。秋は夕暮れ。冬はつとめて(早朝)。(枕草子から)
人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵。(武田信玄の名言)
「善は急げ」。「時は金なり」。「短気は損気」。「旅は道連れ、世は情」。(ことわざ)
彼は学生です。彼女は美しい。このあたりは静かだ。朝食は食べました。

有題文は基本的に解説文(説明文)である。基本文型は主題+解説。たとえば、「彼は学生です」や「朝食は食べました」の場合、「彼は」「朝食は」が主題で、「学生です」「食べました」が解説となる。

有題文は述語の品詞をベースに、名詞文、形容詞文、動詞文の3種類に分類できる。形容動詞(静かだ)は、ナ形容詞として形容詞に分類する。

有題文の種類 (述語の品詞をベースに分類)

彼は学生です。 → 名詞文
人は城(だ)、人は石垣、人は堀。時は金なり。短気は損気。

彼女は美しい。 → 形容詞文
春はあけぼの(がいい)。夏は夜(がいい)。きょうは風が強い。このあたりは静かだ。

朝食はもう食べました。 → 動詞文
お勘定はもう済ませてあります。日曜日は昼まで寝ています。きょう(私は)学校に行きます。

無題文は、任意の語を「は」で主題にすることで、有題文に変換できる。たとえば、

きのう彼の個人情報がネットに出回った。 → 無題文

きのうは、彼の個人情報がネットに出回った。 → 有題文
ネットには、きのう彼の個人情報が出回った。 → 有題文
彼の個人情報は、きのうネットに出回った。 → 有題文

無題文(現象文)
無題文は一般に、主格を示す「が」はあるが、主題を示す「は」はない。無題文は現象(動き)を表すことが多いので現象文(または現象描写文)ともいう。

無題文の種類
無題文は、目の前の現象(動き)をそのまま述べるので、動詞文が圧倒的に多い。

隣りが火事だ! → 名詞文
あ、雨だ!見て、雪だよ。あ、停電だ!

空が青いですね。 → 形容詞文
(見て、)虹がきれい。空気がおいしいですね。うわー、水が冷たい!

雨が降っている。 → 動詞文
風が吹いていた。雨雲が広がってきた。雪が降ってきた。雪が積もった。

以下は、動詞文を主体別に配置したものである。

自然、無生物:
雨が降る。風が吹く。桜島が噴火した。噴煙が火口から3000メートルの高さまで上がった。
台風が西日本に上陸した。台風の影響で潮位が高まっている。岩肌が露出している。

動物、植物: 
犬が庭をかけまわっていた。猫が日なたで毛づくろいをしている。
梅のつぼみがほころび始めた。桜が咲いた。リンゴの花びらが風に散った。

人間、生活:
子供たちが遊んでいる。数人が堤防沿いをジョギングしていた。昨夜田中さんがうちに来た。
お祭りに大勢の人が参加した。近所にコンビニがオープンした。大雪で交通が停滞していた。

政治、経済、外交:
新内閣が発足した。株安への懸念が高まっている。予算が初めて100兆円の大台を突破した。
徴用工問題や慰安婦財団の解散などを巡って日韓関係が冷え込んでいる。

存在:
公園に子供たちがいる。机の上に本がある。明日会議があります。来週試験がある。
高速道路で事故があった。きのう熊本県で震度 6 弱の地震がありました。

ハ・ガ文

「は」と「が」が一つの文にでてくる「ハ・ガ文」は、有題文なので基本的に解説文であるが、無題文(現象文)に近いものもある。

主体: きょうは雨が降った。今週は桜がきれいだ。24日の欧米市場では株安が加速した。
対象: 今は水が飲みたい。私は寿司が好きだ。兄は漢文が読める。
存在: 私には良い考えがある。机の上には本がある。その日は事故がなかった。
部分: 象は鼻が長い。太郎は色が黒い。京都は秋がいい。
関係: 山田さんは、奥さんが入院中です。「対応策」は外国人の生活支援策が柱になる。


「は」と「が」
「は」は 対比、限度、留保付き肯定、部分否定を示し、「が」は 排他を示す

松野町夫 (翻訳家)

英語は主語で始まるが、日本語は「~は」や「~が」で始まる場合が多い。「~は」は主題を示し、「~が」は主格を示す。たとえば、日本昔話『桃太郎』は次のように始まる。

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさん住んでいました。
おじいさん山へ芝かりに、おばあさん川へ洗濯に行きました。
おばあさん川で洗濯をしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃流れてきました。
おばあさん大きな桃をひろいあげて、家に持ち帰りました。

こうした「が」や「は」を主語とする見方もあるが、この小論は、日本語に主語はなく、代わりに、主題と主格があるという立場で書いたもの。たとえば、「あのスーパーは水曜日が休みです」の場合、主語がふたつあるのではなく、「あのスーパーは」を主題、「水曜日が」を主格とする見方である。

■主題を示す「は」:

「~は」は「ワ」 [wa] と発音するが、「は」と書くのがルール。1946年の内閣訓令で、(2) 助詞〈は〉は、ワと発音するが〈は〉と書くことを本則とする、と決められた。

日本語文法では、「は」を係助詞(または副助詞)に分類する。係助詞「は」は種々の語に付き、その語が主題(題目)であることを示す。

「は」の働き
1. 格助詞を代行して主題を示す。
2. 対比、限度、留保付き肯定、部分否定、否定の焦点を示す。

「~は」は 主題を示す
「は」は、格助詞「が・の・を・に …」を代行または付随して、その直前の語を主題として提示する。

地球が丸い。 → 「が」を代行 → 地球は丸い。
象の鼻が長い。 → 「の」を代行 → 象は鼻が長い。
大阪に明日行きます。 → 「に」を代行 → 大阪は明日行きます。
その映画をもう見ました。 → 「を」を代行 → その映画はもう見ました。
(以下同様)

主題の種類: 「は」が代行する格助詞の型をベースに分類した。

主格「が」型: 地球は丸い。彼は学生です。花は美しい。 → 「主格型」=主語
属格「の」型: 象は鼻が長い。山田さんは、奥さんが入院中です。
対格「を」型: その映画はもう見ました。朝食はもう食べました。 → 「対格型」=目的語
位格「に」型: 大阪は明日行きます。富士山(に)は登らなかった。
与格「へ」型: 母へは手紙を書くつもりです。高台へはロープウエーを利用します。
奪格「から」型: ここからは富士山がよく見えます。四時からはあいています。
具格「で」型: あなたの時計ではいま何時ですか。顕微鏡なしでは観察できません。
共格「と」型: 母とはよく買物に行きます。父とは外出したことがあまりありません。
時の格型: 日曜日は昼まで寝ています。きょうは会社に行きます。

このように「は」は、格助詞「が、の、に、を …」を代行しながら、主題を示すことができる。「は」は、一人二役どころか、一人十役ほどの働きぶりである。これが「は」の長所であり、同時に、短所でもある。たとえば、ほんの一例ではあるが、「彼は知っています」という表現は、「(それについては)彼が知っています」と、「(私は)彼を知っています」という二つの解釈が可能となり、混乱が生ずる場合がある。

「は」は 対比、限度、留保付き肯定、部分否定、否定の焦点を示す
母とはよく買物に行きますが、父とは外出したことがありません。 → 対比
イベントは午後3時には開始する予定です。 「午後3時には」 → 限度
買ってはみた。(が、ほとんど使い物にならなかった)。「買っては」 → 留保付き肯定
仕事はやりがいはある。(が、残業が多すぎる) 「やりがいは」 → 留保付き肯定
両方はいらない。(片方だけほしい) → 部分否定
全員は来なかった。(一部の人が来なかった) → 部分否定
全員が来なかった。(誰も来なかった) → 全体否定
車は急には止まれない。(止まるが、時間がかかる) 「急には」 → 否定の焦点

■主格を示す「が」:

「~が」は、鼻濁音なので「ンガ」 [ŋ] と発音するが「が」と書く。ただし西日本では、鼻濁音を使用する習慣がなく、「が」 [ga] と濁音で発音する人が多い。

日本語文法では、「が」を格助詞に分類する。格助詞には「が、の、に、を …」などがある。格助詞「が」は主として名詞に付き、その名詞が主格(≒主語)であることを示す。「が」は述語に係る場合と、名詞に係る(名詞と名詞をつなぐ)場合がある。

「が」の働き

1. 「が」は主格を示し、述語に係り、そのまま文を終結させる(現象文)。
 鳥が空を飛ぶ。雪が降り始めた。風が吹く。水が冷たい。 → 述語に係る

 
2. 「が」は 名詞と名詞をつなぐ。つないだ時点で役目を終える。
 天気がいい日には散歩する。 「が」は「天気」と「日」までをつなぐ → 名詞に係る
 娘が作ってくれた弁当を食べた。 「娘」と「弁当」までをつなぐ → 名詞に係る

3. 「が」は 排他を示す
 田中さんが学生です。(他の人は学生ではありません。) → 排他的

「~が」は主格を示す。主格は英語の主語に相当する。しかし相当はするが、完全に同一ではない。主格「が」には、少なくとも 4 種類の用法があり、このうち能動主格は英語の主語に相当するが、残りの主格は主語に相当しないか、または相当しない場合もありうる。

主格の種類
能動主格: 彼がペンをくれた。雨が降る。人が通る。空が青い。桜が満開だ。
対象主格: 水が飲みたい。寿司が好きだ。彼女は数学ができる。漢文が読める。
所動主格: 私に良い考えがある。机の上に本がある。音楽がわかる。姿が消えた。
部分主格: 象は鼻が長い。太郎は色が黒い。京都は秋がいい。兄は背が高い。


主語と主題
主題は、主語よりはるかに意味が広い

松野町夫 (翻訳家)

主語とは何か。主語は元来、英語など印欧語の文法用語である。主語は基本的に名詞で、述語動詞の示す動作や状態の主体を表す。動作主。作用主。たとえば、” She’s nice. I like her.” における ”She” や “I” が主語となる。

英文は主語と述語からなる。主語を決めないかぎり英文は書けない。基本 8 文型でも主語は常に文頭に登場する。以下の文型では、主語(S)、述語動詞(V)、補語(C)、目的語(O)、副詞相当語句(A)とする。ちなみに日本では、従来、基本 5 文型が主流であったが、現在は基本 8 文型が世界標準。英文の下線部は主語を表す。

第1文型 SV (Flowers bloom.) 花が咲く。
第2文型 SVC (Kate is nice.)  ケイトはすてきだ。
第3文型 SVO (I like her.) 僕は彼女が好きだ。
第4文型 SVOO (John gave me a pen.) ジョンが僕にペンをくれた。
第5文型 SVOC (We call him Johnny.) 私たちは彼をジョニーと呼ぶ。
第6文型 SVA (Mary is in the kitchen.) メアリーが台所にいる。
第7文型 SVCA (She is afraid of cockroaches.) 彼女はゴキブリが怖い。
第8文型 SVOA (He put a book on the shelf.) 彼は本を棚に置いた。

英語には主語が絶対に必要だ。では、日本語に「主語」はあるのだろうか。

結論から言うと、この問題には統一した見解がない。学校では、今でも「が」や「は」などの助詞を伴った文節を主語と教える。この学校文法の定義に従えば、上述の基本文型の訳文の「花が」「ケイトは」「僕は」「ジョンが」「私たちは」…は、いずれも主語となる。

しかし、名著『象は鼻が長い』で有名な言語学者、三上章(1903-1971)は、日本語には「主語」はなく、主題があると考え、主語廃止論を一貫して唱えた。

日本語の主語については、辞書や事典でも見解が異なる。たとえば、日本語大辞典は肯定的な立場であるが、ブリタニカ国際大百科事典は否定的である。

主語 → 日本語大辞典
文の成分の一種。「風が吹く」「色が白い」「ぼくが山田です」などの「風が」「色が」「ぼくが」のように、「何が」「だれが」に当たる文節。「何も」「何は」などとなることもある。また、日本語には主語が省略された、述語だけの文もある。subject <対義>述語。

主語 → ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2011
日本語では「~が」の形が主語とされるが,完全な文を形成するために必ずしも必要ではない点,文法的規定に欠ける点などで,インド=ヨーロッパ語族などにおける主語とは性格を異にするので,「~を」「~に」などと対等の連用修飾語であるとする説さえある。

日本語の主語について、統一した見解がないということは、日本語文法は未完成ということを意味する。そこでここでは、国文法に深入りするのをできるだけ避け、問題を主題と主格に限定し、これを英語の基本文型、とくに主語(S)と比較することで、それぞれの違いを明確にしたいと思う。

主題と主格:
日本語は「~は」や「~が」で始まる文が多い。
例: 春はあけぼの。|桜が咲いた。この場合、「春は」は主題を表し、「桜が」は主格を表す。
「象は鼻が長い」の場合、「象は」は主題を表し、「鼻が」は主格を表す。

主題を示す「~は」のある文を有題文、ないのを無題文という。有題文は、昔から存在する伝統的な文型で、文学や名言・ことわざなどにも愛用され、現代でも使用頻度が最も高い。

主格を示す「~が」のある文は、「桜が咲いた」とか、「雪が降ってきた」とかいうように、現象を写生することが多いので現象文という。現象文は江戸時代以後に登場した比較的新しい文型だという。

主題、主格、主語:
英語は主語で始まるが、日本語は主題/主格で始まる。主題「~は」や、主格「~が」、主語(S)は、主語を表せるという点は共通だが、意味の広さ(適用範囲)からいうと、主題>主格>主語となる。

主題「~は」= 主語や目的語、副詞相当語句を表す。 → 「は」は種々の語に付く。
主格「~が」= 主語や目的語を表す。 → 「が」は体言に付く。
主語(S) = 主語のみを表す。

主題は英語でトピック(topic)という。主題(T)。主題は主語よりはるかに意味が広い。主題を示す「~は」は、「~について言えば」という意味。助詞「は」は、英語の群前置詞 “as for” に相当する。つまり日本語の主題は、英語の基本文型でいうと、主語(S)ではなく、副詞相当語句(A)に相当する。

有題文を英訳すると、英文では主題「~は」が主語(S)になる場合が一番多いが、目的語(O)や副詞相当語句(A)になることもある。たとえば、

春はあけぼの。 = Spring is best at dawn. → 主題=主語

ただし、「春はあけぼの」は、「春は、あけぼのがいい」の意。これを英語に直訳すると、
春はあけぼのがいい。 = As for spring, dawn is nice. → 主題=副詞相当語句(A)

その映画はもう見ました。= I already saw the movie. → 主題=目的語(O)
= As for the movie, I already saw it. → 主題=副詞相当語句(A)

詳細は、後で決めよう。 = Let’s decide about details later. → 主題=目的語(O)
= For details, let's decide about them later. → 主題=副詞相当語句(A)

主格と主語:
「~が」は主格を示す。主格は英語の主語(S)に相当する。しかし相当はするが、完全に同一ではない。主格「が」には、少なくとも四通り(能動、対象、所動、部分)の用法があり、こうした和文を英訳すると、能動主格は英語の主語に等しいが、残りの主格は主語に相当しないこともある。とくに対象主格は目的語に相当する場合が多い。つまり、日本語の主格は、英語の主語より意味が広いということ。

1. 能動主格(=動作主、作用主) → 主格=主語
 彼が私にペンをくれた。 = He gave me a pen. 主格は「彼が」、主語は “He”

2. 対象主格(対象を示す「が」) → 主格≠主語
 水が飲みたい。 = I want to drink water. 主格は「水が」、主語は “I”

3. 所動主格(受身にできない動詞にかかる主格) → 主格≠主語
 私に良い考えがある。 = I have a good idea. 主格は「考えが」、主語は “I”

4. 部分主格(主題の一部を表す主格)→ 主格≠主語
 象は鼻が長い。 = Elephants have a long nose. 主格は「鼻が」、主語は “Elephants”
 *この英文は、配分単数(主語が複数で、目的語が単数)である。


文否定と語否定
文否定を発話レベルで語否定に変更するには?

松野町夫 (翻訳家)

否定文は日本語にしろ英語にしろ、どの部分が否定されているかにより、いろいろな解釈が可能となる。英語の否定は、文否定と語否定に大別できる。文中の述語動詞を否定すると文否定となる。述語動詞以外の、特定の語を否定すると語否定(=構成素否定)となる。

文否定(Sentence-negation):

述語動詞(文の述語となる動詞)を not で否定したり、あるいは主語や目的語を no で否定すると文否定となる。文否定は、文全体が否定の作用域に入る。以下の例文はいずれも文否定である。

"not" を用いた文否定
I'm not hungry. 私は空腹ではない。
He will not come. 彼は来ないだろう。
I didn't drink any coffee. 私はコーヒーを飲まなかった。
I don't want to argue with you. 君と議論したくない。
He didn't come home until eleven o'clock.
彼は 11 時になるまで家に帰ってこなかった。(彼は 11時になってやっと帰宅した)

"no" を用いた文否定
Nobody came. 誰も来なかった。
He has no brothers. 彼には兄弟がいない。
Nothing happened. 何も起こらなかった。
► “no” を用いた否定は形式的には語否定だが、実質的には文否定である。

語否定 (Word-negation):

述語動詞以外の、特定の語句を not で否定すると語否定(=構成素否定)となる。語否定は、not の直後にくる語・句・節が否定の焦点(=否定の対象)となる。
以下の例文はいずれも語否定で、下線は否定の焦点を示す。

Not long ago it was raining. ついさっきは雨が降っていた。
He's my nephew, not my son. 彼は私の甥(おい)で、息子ではない。
I came here on business, not for sightseeing. こちらに来たのは仕事で、観光ではない。
I told her not to go. 私は彼女に行かないようにと言った。
He tried not to look at her. 彼は彼女を見まいと努めた。
She pretended not to be listening. 彼女は聞いていないふりをした。
Visitors are requested not to touch the exhibits.
見学者は展示物に手を触れないでください(博物館などの掲示の文句)。
Ten were saved, not counting the dog. 犬は数えないで、10人が救助された。
Not having received a reply, he wrote again.
返事を受け取っていなかったので、彼は再び手紙を書いた。
I like him not because he is rich but because he is kind.
私は彼が好き、金持ちだからではなく親切だからです。

上記の文否定と語否定の区別は、あくまでも構文上(文字レベル)の分類である。発話レベルとなると少し事情が異なる。私たちが日常話している言葉は、文字や音声で表現・伝達される。音声には、伝えたい意味内容(言語情報)の他に、音調(強弱や抑揚)が付随する。

英語の否定文は、文末の語に少し強勢が置かれ下降調で終わるのが普通。たとえば、I didn't drink coffee. のような否定文は、述語動詞を否定しているので文字レベルでは文否定であり、原則に従って通常の音調で発話されるかぎり、発話レベルでも文否定のままである。

I didn't drink coffee. 私はコーヒーを飲まなかった。(文否定)
= It wasn't a fact that I drunk coffee. 「私がコーヒーを飲んだ」という事実はない。

しかし、たとえ述語動詞を否定した文否定であったとしても、文中の特定の語を強く発音しそれにふさわしい抑揚を付けることで、発話レベルで実質的に文否定を語否定に変更することができる。この場合、強く発音された語が否定の焦点となり、それ以外の語は否定されず肯定的意味の前提となる。たとえば、

発話レベルで文否定を語否定に変更:

文字レベル: I didn't drink coffee. 私はコーヒーを飲まなかった。(文否定)

発話レベル: I (↓) didn't drink coffee. 私は、コーヒーを飲まなかった。(語否定)
► ただし太字は強勢を、下矢印 (↓) は下降調(a falling intonation) を示す。
主語の “I” が強く発音されたので、“I” が否定の焦点となり、それ以外の語(drink, coffee)は否定されず肯定的意味の前提となる。
前提: Somebody drunk coffee, but not me. 誰かがコーヒーを飲んだ、私ではない。
強調構文: It wasn't I who drunk coffee. コーヒーを飲んだのは私ではない。

発話レベル: I didn't drink coffee. (↓) 私はコーヒーは飲まなかった。(語否定)
目的語の Coffee が強く発音されたので、Coffee が否定の焦点となり、それ以外の語(I, drink)は否定されず肯定的意味の前提となる。
前提: I drunk something, but not coffee. 私は何かを飲んだ、コーヒーではない。
強調構文: It wasn't coffee that I drunk. 私が飲んだのはコーヒーではない。

発話レベル: I didn't drink (↓) coffee. 私はコーヒーを飲みはしなかった。(語否定)
動詞の Drink が強く発音されたので、Drink が否定の焦点となり、それ以外の語(I, coffee)は否定されず肯定的意味の前提となる。
前提: I did something about coffee, but didn’t drink. 私はコーヒーに何かした、飲んではいない。
強調構文: 利用できない。
強調構文は名詞や副詞には適用できるが、動詞には使えない。そこで、前置きを付け加える:
(I spilled coffee but) I didn’t drink it. (コーヒーをこぼしはしたが)飲んではいない。

否定の焦点:
否定の焦点は、日本語では助詞の「は」を用いて、文字レベルでも発話レベルでも簡単に表現できる。「コーヒーは」、「飲みは」という具合に、否定したい単語に「は」を付けるだけでよく、「コーヒー」や「飲み」を強く発音する必要はさらさらない。ただし文頭の「私は」は、主題を示すのか、それとも焦点を示すのか、あいまいなので、「私は」と強く発音するか、または「ほかの人はともかく」と前置きを入れると、焦点を示していることが明白になる。しかし、英語には「は」のような便利な言葉がないので、発話レベルでは否定したい単語を強く発音して否定の焦点を示す必要がある。もっとも強調構文を使えば、文字レベルでも否定の焦点を明示できなくはない。


# by LanguageSquare | 2018-12-05 11:03 | 否定 | Comments(0)
否定繰り上げ(negative-raising)
否定繰り上げは、否定語(not)を従属節から主節に繰り上げること

松野町夫 (翻訳家)

英語にはネガティブ・レイジング(negative-raising)という言語現象がある。これは生成文法の用語で、think などの動詞がとる従属節の中の否定語(not)を主節に移して表現することをいう。たとえば、「彼は来ないと思う」を、I think he will not come. と言うよりも、I don't think he will come. と表現するときなどがそうである。この場合、主節は I think; 従属節は he will not come.

彼は来ないと思う。
I think he won't come. ← 従属節を否定
↓ (not を従属節から主節に移す)
I don't think he'll come.  ← 主節を否定

このように negative-raising (neg-raising) は、従属節ではなく主節を否定する、つまり否定語not を従属節から主節に繰り上げる規則を意味する。ネガティブ・レイジングには、「not の転移」、「not の繰り上げ」、「否定繰り上げ」、「否定辞繰り上げ」、「否定辞上昇」など様々な呼び方がある。ここではとりあえず、negative-raising = 「否定繰り上げ」という訳語を採用する。

nègative-ráising
n. [変形文法] 否定繰上げ
リーダーズ英和辞典

négative-ráising
■n. [文法] (変形文法で)
否定辞繰り上げ: think などの動詞がとる補文の中の否定辞を主文に移す規則.
ランダムハウス英語辞典

negative-raising【名】〔言語〕否定辞上昇変形, 否定繰り上げ
《生成文法で, not を埋め込み文から主文へ繰り上げる移動操作.
例: He doesn't think that he'll finish.》.
ジーニアス英和大辞典

否定繰り上げは、推測を表す動詞に適用できる。たとえば、think, believe, imagine, suppose, seem, look など。こうした動詞は、主節を否定しても従属節を否定しても、意味はあまり変わらない。

I don’t think it is expensive. それは高くないと思う。
= I think it isn’t expensive.
I don’t believe he is innocent. 彼が無実だとは思わない。
= I believe he isn’t innocent.
I don’t imagine it will snow today. 今日、雪は降らないと思う。
= I imagine it won’t snow today.
I don't suppose you’re right. 君は正しくないと思う。
= I suppose you’re not right. 

Tom didn't seem to know her name. トムは彼女の名前を知らないようだった。
= Tom seemed not to know her name.
It doesn’t look like it’s going to rain. 雨が降りそうには見えない。
= It looks like it isn’t going to rain.

しかし否定繰り上げは、know, say, hope など、その他の動詞には適用できない。こうした動詞は、主節の否定と従属節の否定とでは意味が異なるから。

She doesn't know that he is a liar. 彼がうそつきであることを彼女は知らない。
≠ She knows that he isn't a liar. 彼がうそつきでないことを彼女は知っている。

Mary didn’t say that it would snow. メアリーは、雪が降るとは言わなかった。
≠ Mary said that it wouldn’t snow. メアリーは、雪は降らないと言った。

I hope it will not rain tonight. 今夜は雨が降らないでほしい。
► * I don't hope it will rain tonight. とは言わない。
hope は望ましいことに用いる。望ましくないことについては I am afraid, I fear を使う。
I am afraid it will rain tonight. (残念ながら)今夜は雨だと思う。

否定繰り上げは、生成意味論派は認めているが、解釈意味論派は おおむね認めていないという(安藤貞雄著『現代英文法講義』の Page 662 参照)。

たしかに日本語の場合を検討しても、たとえば、「彼は来ないと思う」と「彼が来るとは思わない」は厳密には同義ではなく、したがって、どちらかに統一できるものでもないし、その必要もない。実際、日本語では両者ともに、状況や文脈に応じて普通に使われている。しかし英語では内容が否定であることを早く相手に伝える習慣があり、否定繰り上げが普通なので、英語を話したり書いたりするときは否定繰り上げをお忘れなく。
# by LanguageSquare | 2018-11-09 14:23 | 否定 | Comments(0)