回文(パリンドローム)

回文(パリンドローム)

松野町夫

回文(かいぶん)とは、「新聞紙(シンブンシ)」や「竹屋が焼けた(タケヤガヤケタ)」のように、前から読んでも後ろから読んでも同じ文(または語句)になるものをいう。文字ではなく音節が基本となるので、お茶と海苔の老舗、日本橋の「山本山」(ヤマモトヤマ)のテレビコマーシャル「上から読んでも山本山、下からは読んでも山本山」は、実は回文ではない。回文は紙と鉛筆さえあれば簡単に作れる。「色白い」、「田舎しかない」、「わたし負けましたわ」など、単純な回文はすぐにできる。

回文はことば遊びの王道。昔から数え切れないほどたくさんの回文が作られてきている。なかでもとびっきり有名な回文はといえば、次ぎの短歌であろう。作者不詳。15世紀か16世紀頃に作られたらしい。

短歌: 長き夜のとをの眠りのみな目ざめ波のり舟の音のよきかな

俳句で有名な回文は、「ながめしは野の花々のはじめかな」というのがある。これはしかし、「野の花々の」の読み方に難点があり現代人にはピンと来ない。古文の下地が必要のようだ。

文春文庫『頭の散歩道』で作家の阿刀田高氏は自作の回文を紹介されているが、その中から面白そうなものをいくつか引用する。

男の子、夏まで待つな、このことを
寝ているわたしにナニしたわるい手ね
夜霧は降る ゴルフ張りきるよ (ヨルキリハフル ゴルフハリキルヨ)
ここはキャバレ スタミナ満たす レバ焼きはここ (ココハキャバレ スタミナミタス レバヤキハココ)
今朝飲むが知らずめずらしガムの酒 (グアム島のおみやげにもらったウイスキーを詠んだもの)

私もオリジナル作品を紹介したい。妻の「いくよ」を詠んだもの。ここで注釈をひとつ。「浴衣」は通常、「ゆかた」と読むが、たまに「よくい」と読む場合もある。あー、苦しい。はい、わかってますよ、愚作ほど注釈が必要なことは。

君の名は松野いくよ、優しい子、床の間の琴、恋しさや、浴衣の妻、花の幹
(キミノナハ マツノイクヨ ヤサシイコ トコノマノコト コイシサヤ ヨクイノツマ ハナノミキ)

回文は、前から読んでも後ろから読んでも同じ文のこと。ここで仮に、説明の便宜上、前から読んだときの文を正文(せいぶん)、後ろから読んだときの文を逆文(ぎゃくぶん)と呼ぶことにする。すると、回文とは、正文と逆文が等しいものと定義できる。これとは対照的に、正文と逆文が独立してそれぞれ別の意味を持つ場合がある。(注記:このような文をどのように呼ぶかはまだ定着していない)

鯛釣り船に米をひさぐ
正文: たいつりぶねに こめをひさぐ
逆文: 卑猥になるので省略

「ひさぐ」は「売る or 商う」の意味。回文は、正文と逆文が同一なのでいわば「一人っ子」だが、上記の文は二つの文(双子)が存在する。そこで私は、このような文を回文に対して双子文(ふたごぶん)と呼ぶことを提案したい。ついでに英語はtwin (双子) + gram (ことば) "twingram" という造語を当てたい。ちなみに、作家で歌人の綿谷雪(わたたに きよし)氏はこのような文を「倒言」と命名し、コピーライターの岡田直也氏やその仲間たちは「たいこめ」と呼ぶ。「たいこめ」の名称は、「鯛釣り船に米~」に由来する。以下、「たいこめ」のサイト(http://taikome.hp.infoseek.co.jp/i/)から4つの作品を抜粋する。

<歴史家まごつきつ、ごまかしきれ>←これは回文
(支配者)「民を従えた」 (民衆)「耐えがたしを見た」←これがたいこめ
「酔いしれ占う仲良いあの娘」 「この愛よ、かなうなら、うれしいよ」
「気の楽さ、のどか草花、そこに咲く」 「草にこそ、名は咲く門の、桜の木」

しかし、回文と双子文(倒言、たいこめ)は実は対立するものではない。お互いに補い合うものである。長い回文は双子を入れないかぎり作ることはできない。「君の名は 松野いくよ、優しい子、床の間の琴、恋しさや、浴衣の妻、花の幹」は回文であるが、これを途中で分断して、一部だけを取り出すと双子文または回文となる。たとえば、

「君の名は」 → (これは双子)=双子文
正文: キミノナハ 「君の名は」
逆文: ハナノミキ 「花の幹」 or 「花野ミキ」
*双子文は正文と逆文をつなぐだけで即、回文となる。例: 君の名は?花野ミキ

「床の間の琴」 → (これは一人っ子)=回文
正文: トコノマノコト 「床の間の琴」
逆文: トコノマノコト 「床の間の琴」

つまり、長い回文は「一人っ子」と「双子」を組み合わせたもの。上記の長い回文では、一人っ子の「床の間の琴」を文の中心に据え、3組の双子、「君の名は」「松野いくよ」「優しい子」をその左右に配置したにすぎない。これが長い回文を簡単に作るときのコツである。

英語では回文をパリンドローム palindrome という。

deed (行為)
level (レベル)
race car (レーシングカー)
Nurses run. (看護師たちは走る)
Was it a cat I saw? (私が見たのは猫だったのか?)
Was it a rat I saw? (私が見たのはネズミだったのか?)

ナポレオンの嘆きのパリンドローム。
Able was I ere I saw Elba (エルバ島を見るまでは私には力があった)
ちなみに、"ere" は old English で、現代英語では "before"。

それではここで、旧約聖書の世界から有名なパリンドロームをひとつ。エデンの園 (The Garden of Eden) で、アダム (Adam) がイブ (Eve) に自己紹介したそうな。
アダム: Madam, I'm Adam. (お嬢さん、私がアダムです)
(え、後ろから読むとアポストロフィ 「’」の位置がずれる?ま、そこは大目に見てくださいな)

マダム ”Madam” は、既婚・未婚に関係なく、女性に丁寧に呼び掛けるときに使用する。奥様 or お嬢様の意味。Can I help you, madam?  何かおさがしですか (店員が女性客に)
ちなみに、禁断の果実・リンゴを取ったアダムは神に見つけられてしまい、あわてて飲み込んだところ、リンゴがのどにひっかかってふくれ出したらしい。なので、「のどぼとけ」のことを英語では「アダムのりんご」 "Adam's apple" という。そうか、「のどぼとけ」って神様と関係があったのか。そういえば日本語でも「喉仏」と仏様の字を当てますね。
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by LanguageSquare | 2008-08-09 05:13 | 回文 | Comments(0)