昭和の日あれこれ

昭和の日あれこれ
昭和は日本の歴代元号の中で最も長い

松野町夫 (翻訳家)

4月29日は祝日「昭和の日」である。少し前までは「みどりの日」と呼ばれていたが、その後「昭和の日」に改名され、「みどりの日」は5月4日に移された。4月29日はもともと、昭和天皇の誕生日だったので、昭和時代には「天皇誕生日」と呼ばれていた。

4月29日の祝日は時代に応じて、「天皇誕生日」(1926~1989)、「みどりの日」(1989~2006)、「昭和の日」(2007~現在)と改名されてきている。

天皇誕生日 → the Emperor's Birthday
みどりの日 → Greenery Day
昭和の日 → Day of Showa

昭和時代 → the Showa period

昭和天皇 → the Emperor Showa, or Emperor Hirohito
英米では Hirohito (裕仁)のほうが通じやすい。
Hirohito: (1901–1989) the emperor of Japan from 1926 to 1989 (LAAD2英英辞典)

昭和は、昭和元年(1926年)12月25日から昭和64年(1989年)1月7日まで、約62年と2週間の期間、継続した。これは日本の歴代元号の中で最も長い。

江戸時代以前、元号は疫病や天変により数年で改元されることが多かったが、明治以降、元号は皇位の継承があった場合に限り改める(一世一元の制)となったため、明治以降の元号は必然的に長く続くことになる。たとえば、江戸末期から現代までの元号を見ても、文久(4年)、元治(2年)、慶応(4年)、明治(45年)、大正(15年)、昭和(64年)、平成(29年+α)というように、明治以降の元号の方があきらかに長い。

昭和時代の期間を日数で正確に表示すると、22,659日となる。
一般に期間(日数)は、エクセルのDATEDIF関数で求めることができる。
この関数は通常の関数一覧には表示されていないが、その書式は以下の通り:

=DATEDIF("開始日","終了日","D")
=DATEDIF("1926/12/25","1989/1/7","D")
=22659
この数値は 22,659 days を示す。

ウィキペディアのによると、「昭和」という語は漢学者・吉田増蔵が四書五経の一つ書経尭典の「百姓昭明、協和萬邦」から考案したもので、国民の平和と世界各国の共存繁栄を意味するという。

しかしその願いとは裏腹に、昭和時代、とくに昭和初期20年間のうち、1931年(昭和6)から1945年(昭和20)にいたる約15年間、日本は一連の戦争に明け暮れた。満州事変(1931-1937)、日中戦争(1937-1945)、太平洋戦争(1941-1945)。満州事変と日中戦争は日本の中国に対する侵略戦争であったが、太平洋戦争はアメリカ・イギリスを中心とする連合国と日本との戦争で、アジア・太平洋を中心に展開された。

1941年 12月8日,日本海軍はハワイのアメリカ海軍基地に奇襲攻撃をかけ,それを機に太平洋戦争は始まった。(中略)。日本軍は真珠湾攻撃と同時に香港,マレーシア,フィリピン,グアム島,ウェーク島などでも軍事行動を開始し,開戦を予期していなかったアメリカやイギリス軍に多大な損害を与えた。 1942年2月にはイギリスのアジア最大の基地シンガポールを占領し,イギリス軍の 13万 8000人の将兵を捕虜にした。3月にはオランダ領東インド諸島を制圧し,さらにビルマに侵攻してラングーンも日本軍の支配するところとなった。5月までにニューギニアまで制圧地域とし,東南アジアに広大な勢力圏を築き上げることになった。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2011「太平洋戦争」から抜粋)

日本は戦争初期こそ優勢であったが、その後、軍事力、物量に勝る連合国によって次第に劣勢に追い込まれ、1945年8月6日に広島に、9日に長崎に相次いで原爆を投下され、国の存続すら危ぶまれる状態に陥った。1945年8月14日、日本はポツダム宣言の受諾を連合国に伝えた。9月2日、東京湾に停泊するミズーリ号上で降伏文書への調印が行なわれ、こうして3年9ヵ月におよぶ太平洋戦争は、連合国の勝利、日本の無条件降伏で終わった。

太平洋戦争の終結を境に日本は劇的に変わった。日本はGHQの占領下におかれ、価値観が180度転回した。天皇制や軍国主義は否定され、民主主義の平和国家が目標となった。明治憲法に代わって平和憲法が制定され、主権は天皇から国民に移った。日本人の多くが戦後の自由・平等・民主主義を歓迎した。太平洋戦争はこうしてみると、天皇制ファシズムとデモクラシーの戦いだったことがわかる。

1945年(昭和20年)8月15日は、無条件降伏した屈辱の日ではなく、民主主義の平和国家を目指す現代日本の記念すべき旅立ちの日であった。日本史を時代区分すれば、明治維新から終戦までが近代日本で、これ以降を現代日本とすべきだと私は思う。戦後生まれの私は戦争を知らない。「昭和」という語をきくと、懐かしい、レトロな気持ちになり、多感な青春時代を思い出す。西岸良平の『三丁目の夕日』に出てきそうな人情味あふれた東京の下町が浮上する。

年号は元号ではなく西暦が望ましい、少なくとも、公文書は西暦に統一した方がよいと主張する私が、「昭和の日」をありがたがるのも少し変な話だが、象徴天皇制に異論があるわけではない。

テレビのワイドショーはこのところ連日「北朝鮮危機」を報道している。たしかに、極東の和平が一変する可能性は常にある。民主主義の平和国家・日本を維持するには、やはり、護憲・軍縮・共生の理念をもって行動する以外に方法はないと思う。
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by LanguageSquare | 2017-04-29 11:26 | エッセー | Comments(0)