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混種語 (hybrid)

混種語 (hybrid)
日本語の混種語

松野町夫 (翻訳家)

日本語の語彙には、やまとことば・漢語・外来語がある。これら異種の語を組み合わせたものを混種語という。ゆとり教育・空きスペース・迷惑メール・ハイブリッド車など。

ゆとり教育 = ゆとり(やまとことば) +教育(漢語)
空きスペース = 空き(やまとことば) + スペース(英語)
迷惑メール = 迷惑(漢語) + メール(英語)
ハイブリッド車 = ハイブリッド(英語)+ 車(漢語)

混種語は英語でハイブリッド (hybrid) という。「ハイブリッド」は簡単にいうと「雑種」。ハイブリッド車は、電気自動車とガソリン車の雑種(混血)で、2つの異種のエネルギー源(モーター&エンジン)を搭載している。

混種語は英語にも存在する。英語の混種語は、ギリシア語・ラテン語・仏語などから構成される。television(ギリシア語+ラテン語)、sociology(ラテン語+ギリシア語)、courtship(仏語+英語)、because(英語+仏語)など。

日本語の混種語は伝統的に漢語系(やまとことば+漢語)が多いと思う。重箱読み(=音読み+訓読み: 団子・頭取・両替・外為など)とか、湯桶(ゆとう)読み(訓+音: 雨具・手製・手本・消印など)する語もこの部類に入る。しかし、漢語系の混種語は、日本語化しているうえに両語とも漢字で表記されていたりして、即座に取り出すのは難しい。実際、漢字だけで表記された漢語系の混種語は、混種語というよりも日本語そのものという感じがする。たとえば、石段・背番号・中食・表門・総出・両手・係員・荷馬車・赤頭巾・桜前線・待合室・反対側・連絡先など、混種語だといわれてもすぐにはピンとこない。一方、幕切れ・黒板消し・いちご白書・ゆとり教育・にこにこ作戦・燃え尽き症候群・もったいない精神・思いやり予算などは、一目で漢語系の混種語だとわかる。

石段(いしだん) = 石(やまとことば) + 段(漢語)
背番号 = 背(やまとことば) + 番号(漢語)
中食(なかしょく): = 中(やまとことば) + 食(漢語)
中食とは、総菜などを購入して持ち帰り、家で食べる食事の形態。(対義語:外食)

ここでは、主として英語系の混種語について述べる。なぜ英語系の混種語なのか、理由は英語系の混種語だけがこのところ激増していることによる。非英語系外来語の混種語は少ない。英語系の混種語は通常、カタカナと漢字で表記されるが、新傾向として、HIV 感染など、アルファベットと漢字の表記が次第に増えてきているのは注目に値する。

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最近では、英語系の混種語を本来の英語に置き換えようとする傾向もある。アウトレット店をアウトレット、クーポン券をクーポン、パン屋をベーカリー、ハーブ茶をハーブティーというように。

アウトレット店 → アウトレット (outlet)
空きスペース → スペース (space)
インスタント食品 → インスタントフード (instant foods)
紙ロール → ペーパーロール (paper roll)
クーポン券 → クーポン (coupon)
グローバル化 → グローバリゼーション (globalization)
ショッピング街 → ショッピングモール (shopping mall)
スポーツ飲料 → スポーツドリンク (sports drink)
洗顔クリーム → クレンジングクリーム (cleansing cream)
太陽エネルギー → ソーラーエネルギー (Solar energy)
ダンス音楽 → ダンスミュージック (dance music)
テーブル掛け → テーブルクロス (table cloth)
電子ウイルス → コンピューターウイルス (computer virus)
生ビール → ドラフトビール (draft beer)
ニッチ市場 → ニッチマーケット (niche market)
ハーブ茶 → ハーブティー (herb tea)
ハイブリッド車 → ハイブリッドカー (hybrid car)
パン屋 → ベーカリー (bakery)
ピーターパン症候群 → ピーターパン・シンドローム (Peter Pan Syndrome)
ヘリコプター発着所 →ヘリポート (heliport)
迷惑メール → スパム (spam)
W杯 → ワールドカップ (World Cup)

最近の流行語(英語系混種語)には、漢字を使用しないでカナだけで表記されるものもある。

ブロとも = ブログ友だち = ブログ(英語) + 友だち(やまとことば)
アラカン = アラウンド還暦(60歳前後の還暦世代) = アラウンド(英語)+還暦(漢語)

40歳前後の女性をアラフォー(around 40)、30歳前後の女性をアラサー(around 30)と呼ぶが、アラカンはこの用法から派生したもの。アラカンは混種語だが、アラフォーやアラサーは外来語。

混種語は、そのほとんどがそれぞれの時代の新造語である。それまでに なかったものが文明や文化の進展とともに流入または出現し、それを新たに表現することばが必要となり誕生する。

海外で誕生した新しいことば、たとえば、globalization は、外来語としてそのまま取り入れるか(グローバリゼーション)、日本語と組み合わせて混種語とするか(グローバル化)、あるいは漢字訳して日本語とするか(国際化)、いずれかの方法で処理される。ことばのわかりやすさから言うと、国際化→グローバル化→グローバリゼーションの順になる。混種語は和洋折衷なので、わかりやすさも中間だ。

混種語は、まるで日本の土壌に合わせて品種改良された農作物のようなもの。ハイブリッド・コーン(hybrid corn)は、近種交配で改良されたトウモロコシだが、その一代雑種は、親よりも体質が強健で発育がよいという(ただし、この種子による子孫は劣等種となるらしい)。雑種はよく育つ。混種語は日本語に定着している。これからも混種語は増加こそすれ、ここ当面消え去ることはない。少なくとも社会がその語を必要とする間は。
by LanguageSquare | 2010-04-30 09:02 | 日本語 | Comments(0)